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東京高等裁判所 平成6年(行ケ)124号 判決

東京都港区赤坂2丁目5番1号

原告

帝国臓器製薬株式会社

代表者代表取締役

山口隆

訴訟代理人弁理士

中村静男

高橋敬四郎

森島なるみ

東京都千代田区霞が関3丁目4番3号

被告

特許庁長官 清川佑二

指定代理人

宮本和子

花岡明子

吉野日出夫

主文

1  原告の請求を棄却する。

2  訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第1  当事者が求める裁判

1  原告

「特許庁が平成5年審判第11435号事件について平成6年3月28日にした審決を取り消す。訴訟費用は被告の負担とする。」との判決

2  被告

主文と同旨の判決

第2  請求の原因

1  特許庁における手続の経緯

原告は、昭和60年4月26日、名称を「難溶性薬物製剤の製法」とする発明(以下、「本願発明」という。)について特許出願(昭和60年特許願第88800号)をしたが、平成5年5月11日拒絶査定がなされたので、平成5年6月3日査定不服の審判を請求し、平成5年審判第11435号事件として審理された結果、平成6年3月28日、「本件審判の請求は、成り立たない。」との審決がなされ、その謄本は同年4月27日原告に送達された。

2  本願発明の要旨

酢酸クロルマジノン、エチニルエストラジオール、エストロン、プロゲステロン、メチルテストステロン、ハイドロコーチゾンから選ばれるステロイド系薬剤、メフェナム酸、フルフェナム酸、インドメタシン、アントラニル酸、サリチル酸メチルから選ばれる抗炎症剤、およびビタミンA、ビタミンEから選ばれる脂溶性ビタミンのうちの少なくとも1種からなる難溶性薬物および高分子化合物をこれらの物質の両方を溶解し得る有機溶媒に溶解し、次いでこの溶液に前記有機溶媒に不溶の粉粒体を加えて混練した後、溶媒を除去することを特徴とする難溶性薬物製剤の製法(別紙図面A参照)

3  審決の理由の要点

(1)本願発明の要旨は、前項(特許請求の範囲第1項)記載のとおりと認める。

(2)本願発明は、経口投与時に難溶性の薬物が、消化器官内において容易に溶解し、かつ、「溶出率の増大及び/又は溶出の過飽和状態を持続」する製剤の製法を提供することを目的とするもの(明細書3頁10ないし13行)であり、具体的な効果の評価は、第10改正薬局方による溶出試験法(パドル回転数100rpm)によって、試験結果が5~60分の間は、ほぼ5~45%(第1図)あるいは60~90%(第2図)の溶出率を示すものであって、この結果から、本願発明は溶出試験法による溶出率において優れていると認められる。なお、高分子化合物としては、ポリビニルピロリドン、ヒドロキシプロピルセルロース、ヒドロキシプロピルメチルセルロース、カルボキシメチルエチルセルロース、ポリエチレングリコールなど(4頁2~10行)を含み、粉粒体としては、メタケイ酸アルミン酸マグネシウムなど(5頁17~20行)を含み、有機溶媒を除去乾燥する方法としては噴霧乾燥(6頁16~18行)を含むものである。

(3)これに対して、拒絶査定の拒絶理由に引用された昭和58年特許出願公開第164582号公報(昭和58年9月29日公開。以下、「引用例1」という。)には、水に対する溶解度が小さいシンナリジンの溶解速度を増大させるため、ポリビニルピロリドン、ヒドロキシプロピルセルロース、ヒドロキシプロピルメチルセルロースからなる群から選ばれた少なくとも1つと、シンナリジンとを、有機溶媒に溶解して共沈させる方法が記載され、「共沈」とは上記の両成分が同時に沈殿として析出すること(2頁左下欄)と定義されている。そして、上記2成分のほかに賦形剤を加え、噴霧乾燥を行って賦形剤も共沈できること(2頁右下欄)、その実施例6として、シンナリジン250gおよびポリビニルピロリドンK-30 750gに、クロロセン4lおよび混合溶媒0.4gを加えて溶解し、さらにメタケイ酸アルミン酸マグネシウム900gを加えてホモミキサーで均一に分散させ、この液をスプレードライし、共沈混合物(粉末)1540gを得たこと、この発明の効果として、溶出率が優れていることを示す実験結果(別紙図面B参照)が記載されている。

また、同じく拒絶査定の拒絶理由に引用された昭和58年特許出願公開第109412号公報(昭和58年6月29日公開。以下、「引用例2」という。)には、難溶性薬物であるニフェジピンから、崩壊しやすくて溶出が速く、かつ易吸収性の固形製剤を得ることを目的として、ニフェジピンに、カルボキシメチルエチルセルロース及び/又はたはエチルセルロースを配合した固形製剤が記載されており、その実施例5として、ニフェジピン10g、エチルセルロース20g、カルボキシメチルエチルセルロース30gおよびポリエチレングリコール1500 15gをエタノール500mlに加えて溶解し、この溶液にメタケイ酸アルミン酸マグネシウム10gを加えて均一に分散したのち、混合液を流動層造粒機を用いて乳糖135gおよび結晶セルロース30gに噴霧して顆粒を得る方法が記載されており、その効果として、日本薬局方Xのパドル法(回転数100rpm)による溶出試験結果において優れた溶出率を示すことが記載されている(別表C参照)。

(4)本願発明と引用例1の実施例6記載のものとを対比してみると、引用例1にいう共沈混合物は、難溶性薬物であるシンナリジンと、高分子化合物であるポリビニルピロリドンとを有機混合溶媒で溶解し、それに有機溶媒には不溶な粉粒体であるメタケイ酸アルミン酸マグネシウムを分散させた液体をスプレードライ(噴霧乾燥)して得たものであるから、粉粒体を分散したものから溶媒を除去したものに相当すると認められる。

そうすると両者は、難溶性薬物と高分子化合物とを、これらの物質をいずれも溶解しうる有機溶媒に溶解し、この溶液に上記有機溶媒に不溶の粉粒体を加えて混練したのち、溶媒を除去する難溶性薬物製剤の製法である点において一致しており、単に、処理される難溶性薬物が異なっている点において相違するにすぎないものと認められる。

(5)そこで、上記相違点について検討するに、引用例2記載の発明は、引用例1記載の難溶性薬物とは異なる難溶性薬物を、引用例1記載の方法と同様の方法によって、溶出率が高められた製剤にするものである。すなわち、引用例2の記載をも併せてみると、引用例1に記載されている方法は、難溶性薬物を溶出率の高められた製剤にする方法として、一般的に適用できるものと認められる。

そうすると、本願発明は、引用例1および引用例2に記載されていないが公知である難溶性薬物に対して引用例1記載の方法を適用したものにすぎない。そして、本願発明が、対象とする難溶性薬物を限定したことによって、予測しがたい格別に優れた効果を奏するものとは認められない。

(6)以上のとおりであるから、本願発明は、その特許出願前に日本国内において頒布されたことが明らかな引用例1および引用例2に記載されている技術的事項に基づいて当業者が容易に発明をすることができたと認められるから、特許法29条2項の規定により、特許を受けることができない。

4  審決の取消事由

審決は、引用例1および2に記載されている技術内容を誤認したのみならず、本願発明が奏する顕著な作用効果を看過したため、本願発明と引用例1記載の発明の一致点の認定を誤り、かつ、相違点の判断をも誤った結果、本願発明は特許法29条2項の規定により特許を受けることができないと判断したものであって、違法であるから、取り消されるべきである

(1)一致点の認定の誤り

審決は、本願発明と引用例1の実施例6記載のものとは、難溶性薬物と高分子化合物を溶解した溶液に「有機溶媒に不溶の粉粒体」を加える点において一致すると認定している。

しかしながら、本願発明の必須要件である「有機溶媒に不溶の粉粒体」は、難溶性薬物の結晶析出を防止する作用を有し、遅延効果を与えるために使用されているのであって、単なる賦形剤あるいは増量剤として使用されているのではない(現に、本願明細書に記載されている粉粒体を加えない比較例1-bおよび2-bは、所期の作用効果を示していない。)。

これに対し、引用例1記載の発明の構成要件は、本願発明に対応する高分子化合物と、難溶性薬物であるシンナリジンとを有機溶媒に溶解し、共沈せしめることであって、引用例1には、賦形剤としてメタケイ酸マグネシウムを加えて噴霧乾燥流動床乾燥を行い、共沈せしめることができる(2頁右下欄9行ないし12行)と記載されているが、それは必須要件ではなく、しかもメタケイ酸マグネシウムは賦形剤としての役割を果たすにすぎない。そして、これを加えなくとも、「シンナリジンの溶解速度を増大するシンナリジン含有組成物を提供する」(2頁右上欄3行ないし5行)という発明の目的を達成することができる。このことは、本願発明の前記粉粒体に対応する成分を含んでいない実施例1ないし3の溶出結果を示す別紙図面Bによって明らかである。

本願発明は、有機溶媒に不溶の粉粒体を加えることを必須要件とすることによって、初めて下記のように顕著な作用効果を奏することができるのであるから、引用例1の実施例6にメタケイ酸マグネシウムが配合されているとしても、本願発明が必須要件とする「有機溶媒に不溶の粉粒体」とは、その役割を異にするから、両発明はこの構成において一致するとした審決の認定は、誤りである。

(2)相違点の判断の誤り

審決は、引用例2の実施例5においてもメタケイ酸マグネシウムが加えられていることを捉えて、引用例2に記載されている発明は、引用例1記載とは別個の難溶性薬物を引用例1の記載と同様の方法によって溶出率が高められた製剤にするものであるから、引用例1に記載されている方法は難溶性薬物に対して一般的に適用できるものと認められ、したがって本願発明は、公知である難溶性薬物に対して引用例1記載の方法を適用したものにすぎないと判断している。

しかしながら、引用例2記載の発明の構成要件は、本願発明に対応する高分子化合物と、難溶性薬物であるニフェジピンであって、本願発明の「有機溶媒に不溶の粉粒体」に対応するメタケイ酸アルミン酸マグネシウムの配合は必須要件ではなく、必要により増量剤として添加することができるとされているにすぎないのであり(2頁右下欄3ないし10行)、これを加えなくとも所期の「崩壊しやすく、溶出が速く、かつ易吸収性を有するニフェジピン固形製剤が得られる」(2頁左上15行ないし17行)という作用効果が得られることは、粉粒体に相当する成分を加えない方法によって得られた実施例1および6の製剤の溶出率を示す別表Cによって明らかである。

そして、実験証明書(甲第5号証の2)は、引用例1および引用例2記載の方法では、本願発明が対象とする酢酸クロルマジノン(難溶性薬物のうち、とりわけ難溶性が高い薬物である。)を高溶出率の製剤にすることが不可能であることを示している。

したがって、引用例1記載の方法が難溶性薬物の溶出率の高められた製剤化方法に対して一般的に適用できることを論拠としてなされた審決の相違点の判断は、誤りというべきである。

また、審決は、本願発明が奏する作用効果として、「溶出率において優れている」点のみを認定したうえ、本願発明が対象とする難溶性薬物を限定したことによって予測しがたい効果を奏するものとは認められないと判断している。

しかしながら、本願発明が奏する作用効果は「溶出率の増大」にとどまらず、むしろ、「溶出の過飽和状態を持続」しうる点が重要である。そして、実験証明書(甲第11号証)によれば、引用例1の方法(難溶性薬物はシンナリジン)および引用例2記載の方法(難溶性薬物はニフェジピン)では過飽和状態の持続という作用効果が得られないのに対し、本願発明の方法(難溶性薬物は酢酸クロルマジノン)ならば過飽和状態の持続という作用効果が得られることが明らかである。

この点について、被告は、本願発明が対象とする難溶性薬物13種のすべてについて過飽和状態の持続という作用効果が得られることは確認されていないという趣旨の主張をしている。確かに、上記実験証明書(甲第11号証)によれば、難溶性薬物であるシンナリジンに本願発明の方法を適用しても、過飽和状態の持続という作用効果が得られなかったが、少なくとも、本願発明が対象としている酢酸クロルマジノン(上記のように、極めて難溶性が高い薬物である。)に本願発明の方法を適用すれば、過飽和状態の持続という顕著な作用効果が得られることが確認されているのであるから、本願発明の進歩性は肯認されるべきであり、「本願発明が難溶性薬物を限定したことによって、予測しがたい格別優れた効果を奏するものとは認められない」とした審決の判断は誤りである。

(3)以上のとおりであるから、本願発明は引用例1および引用例2に記載されている技術的事項に基づいて当業者が容易に発明をすることができたとした審決の認定判断には、明らかな誤りがある。

第3  請求原因の認否および被告の主張

請求原因1(特許庁における手続の経緯)、2(本願発明の要旨)および3(審決の理由の要点)は認めるが、4(審決の取消事由)は争う。審決の認定および判断は正当であって、これを取り消すべき理由はない。

1  一致点の認定について

原告は、本願発明が必須要件とする「有機溶媒に不溶の粉粒体」は、難溶性薬物の結晶析出を防止ないし遅延させるために使用されているのであって、単なる賦形剤あるいは増量剤ではないと主張する。

しかしながら、本願発明による難溶性薬物の溶出を増大させる効果が結晶析出の遅延作用によるものであったとしても、このようなは結晶析出の遅延作用は、溶液中に含まれる不溶の粉粒体の作用と、溶解している高分子化合物との作用によるものであり、引用例1およびお2記載の発明においても、本願発明の粉粒体に相当する賦形剤または増量剤と高分子化合物との作用で溶媒を除去することにより薬物の溶出率を増大しているのであるから、本願発明と同様の作用をなし得るものである。

したがって、本願発明と引用例1記載の発明とは「有機溶媒に不溶の粉粒体」において一致するとした審決の認定に誤りはない。

2  相違点の判断について

原告は、引用例1記載の方法は難溶性薬物に対して一般的に適用できるものであるとする審決の判断は誤りであると主張する。

しかしながら、本願発明が対象とする難溶性薬物13種は、化学構造において全く共通点がなく、共通しているのは水に対して難溶性であるという点のみである。したがって、本願発明の技術的思想は、化学構造が異なる13種の難溶性薬物に対して共通の処理を施すことにより、高溶出率の製剤を得ることに特徴を有することになるが、同じく難溶性薬物であるシンナリジンに対して同様の処理を施すことが引用例1に、また同じく難溶性薬物であるニフェジピンに対して同様の処理を施すことが引用例2に、既に記載されているのである。したがって、本願発明は、公知である難溶性薬物に対して引用例1記載の方法を適用したものにすぎないとした審決の判断に、誤りはない。

原告は、本願発明が奏する作用効果は「溶出率において優れている」点のみではなく、難溶性薬物の過飽和状態を持続しうる点にも存すると主張する。しかしながら、本願明細書には、本願発明が奏する作用効果が「溶出率の増大及び/又は溶出の過飽和状態を維持」(3頁11、12行)すると記載されているのであるから、溶出率の増大のみの場合も含んでいることなり、原告の上記主張は明細書の記載に基づかないものである。また、本願発明が対象とする難溶性薬物13種のうち、「過飽和状態を維持」する作用効果が奏されることが立証されたのは、酢酸クロルマジノンのみであって(甲第11号証の実験証明書)、その余の12種については何らの資料も存しないのであるから、本願発明が奏する作用効果についての原告の主張も失当である。

第4  証拠関係

証拠関係は、本件記録中の書証目録記載のとおりであるから、ここにこれを引用する。

理由

第1  請求の原因1(特許庁における手続の経緯)、2(本願発明の要旨)及び3(審決の理由の要点)は、当事者間に争いがない。

第2  そこで、原告主張の審決取消事由の当否を検討する。

1  成立に争いない甲第2号証(特許願書)、第3号証(昭和61年4月8日付け手続補正書)および第4号証(平成5年2月19日付け手続補正書)によれば、本願発明の技術的課題(目的)、構成及び作用効果が下記のように記載されていることが認められる(別紙図面A参照。なお、各手続補正書による細かい字句の補正は、引用箇所の摘示を省略する。)。

(1)技術的課題(目的)

本願発明は、難溶性薬物の溶解速度および溶解度を増大し、及び/又は過飽和状態の持続性を有する難溶性薬物製剤の製法に関するものである(願書添付の明細書1頁19行ないし2頁初行)。

水に難溶である医薬品は、経口投与後の消化管内における溶解度が悪く、吸収性が劣るため、速やかな薬効の発現が達成されない。このような欠点を改善するため、例えば昭和57年特許出願公開第4914号公報などによって種々の方法が提案されている(同2頁2行ないし19行)。しかしながら、従来の方法は、製造工程が繁雑であったり、水に対する溶解速度と溶解量が不十分であったり、逆に薬物は容易に吸収されるが、代謝排泄も速やかに行われるため持続作用がないなどの欠点がある(同2頁末行ないし3頁6行)。

本願発明の目的は、難溶性薬物が消化管内において容易に溶解し、かつ、「溶出率の増大及び/又は溶出の過飽和状態を持続」して経時的に安定性のある製剤の製法を提供することである(同3頁7ないし13行)。

(2)構成

上記技術的課題(目的)を解決するために、本願発明は、その要旨とする特許請求の範囲記載の構成を採用したものである(平成5年2月19日付け手続補正書3枚目3行ないし11行)。

本願発明において使用される粉粒体としては、メタケイ酸アルミン酸マグネシウム、ケイ酸アルミニウム、無水ケイ酸、水酸化アルミニウム、リン酸三カルシウムなどが挙げられる(明細書5頁17ないし末行)。

(3)作用効果

別紙図面Aは、本願発明の下記実施例記載のものが奏する顕著な作用効果を示すものである。すなわち、実施例1は、難溶性薬物にインドメタシン、高分子化合物にヒドロキシプロピルセルロース、有機溶媒にジクロルメタン、粉粒体にメタケイ酸アルミン酸マグネシウムを使用する方法によるもの、比較例1-aは、高分子化合物を加えないほか、実施例1と同じ方法によるもの、比較例1-bは、粉粒体を加えないほか、実施例1と同じ方法によるものである(明細書7頁18行ないし8頁15行)。第1図から明らかなように、実施例1で得られた顆粒は、インドメタシンが徐々に溶解し、過飽和状態に達した後も長時間にわたり安定して過飽和状態を維持した。これに対し比較例1-bで得られた顆粒は、徐々に溶解してインドメタシンの飽和溶解度まで溶解したが、それ以上は溶解しなかった。また比較例1-aで得られた顆粒は、急激に溶解して過飽和状態に達したが、インドメタシンの結晶の析出によって、溶解度が飽和溶解度にまで徐々に低下した(上記手続補正書2頁8ないし15行)。

また、実施例2は、難溶性薬物に酢酸クロルマジノン、高分子化合物にヒドロキシプロピルセルロース、有機溶媒にジクロルメタン、粉粒体にメタケイ酸アルミン酸マグネシウムを使用する方法によるもの、比較例2-aは、高分子化合物を加えないほか、実施例1と同じ方法によるもの、比較例2-bは、粉粒体を加えないほか、実施例2と同じ方法によるものである(明細書8頁18行ないし9頁14行)。第2図から明らかなように、実施例2で得られた顆粒は、酢酸クロルマジノンが短時間で過飽和状態にまで溶解した後、長時間にわたり過飽和状態を維持した。これに対し、比較例2-aおよび比較例2-bで得られた顆粒は、徐々に溶解したが、いずれも酢酸クロルマジノンの飽和溶解度までしか溶解しなかった(上記手続補正書2頁18行ないし末行)。

2  一致点の認定について

原告は、本願発明の必須要件である「有機溶媒に不溶の粉粒体」は難溶性薬物の結晶析出を防止する作用を有し、遅延効果を与える目的で使用されているのに対し、引用例1の実施例6において使用されているメタケイ酸マグネシウムは、引用例1記載の発明の必須要件ではなく、単なる賦形剤あるいは増量剤として使用されているにすぎないから、引用例1記載のメタケイ酸マグネシウムが本願発明の「有機溶媒に不溶の粉粒体」に一致するとした審決の認定は誤りであると主張する。

しかしながら、前掲甲第2ないし第4号証によれば、本願発明の明細書には、難溶性薬物と高分子化合物を溶解した溶液に粉粒体を加える目的を明らかにする記載はない。したがって、粉粒体の添加目的の違いから引用例記載の発明との構成の差異を主張することは、明細書の記載に基づかないものであって、失当である。

確かに、本願発明の作用効果を示す別紙図面Aにおいて、粉粒体を加えた実施例1、実施例2と、粉粒体を加えていない比較例1-b、比較例2-bとを対比すれば、粉粒体を加えない場合は、明細書に記載されている「溶出率の増大及び/又は溶出の過飽和状態を持続」するという本願発明の作用効果が得られないことが認められる。しかしながら、同図面から本願発明が奏する作用効果を確認しうるのは、インドメタシン(第1図)および酢酸クロルマジノン(第2図)の2種についてのみであって、本願発明が対象とする難溶性薬物13種のうちその余の11種の薬物については、何らの資料も示されていないのである(本願発明が対象とする難溶性薬物13種は、化学構造において共通するところが見出だせないものであるから、同一の処理によって同一の結果が生ずると推認することもできない)。このように、本願発明が対象とする難溶性薬物13種のすべてについて、粉粒体を加えることによって「溶出率の増大及び/又は溶出の過飽和状態を持続」するという作用効果が奏されるとは認められないのであるから、本願発明が必須要件とする「有機溶媒に不溶の粉粒体」は単なる賦形剤あるいは増量剤ではないという原告の主張を採用することはできない。

そして、審決認定のとおり、引用例1(難溶性薬物であるシンナリジンを含有する組成物の製法に関する発明)の実施例6、あるいは、引用例2(難溶性薬物であるニフェジピンの固形製剤に関する発明)の実施例5には、それがいかなる意図に基づくものであるにせよ、難溶性薬物と高分子化合物の溶液に本願発明の粉粒体に相当する物質を加える構成が記載されているのであるから、この物質の添加が必須要件であるか否かにかかわらず、本願発明と引用例1の実施例6記載のものとは、難溶性薬物と高分子化合物とを溶解した溶液に有機溶媒に不溶の粉粒体を加える点において一致するとした審決の認定に誤りはない。

3  相違点の判断について

原告は、引用例2の実施例5において使用されているメタケイ酸アルミン酸マグネシウムも本願発明が必須要件とする粉粒体に該当せず、引用例1および引用例2記載の方法では本願発明が対象とする酢酸クロルマジノンを高溶出率の製剤にすることが不可能であるから、引用例1記載の方法が難溶性薬物に対して一般的に適用できることを論拠とする審決の相違点の判断は誤りであると主張する。

しかしながら、引用例2記載のメタケイ酸アルミン酸マグネシウムが本願発明が必須要件とする粉粒体に該当しないということができないことは、上記の引用例1記載のメタケイ酸アルミン酸マグネシウムと同様である。

また、原告は、実験証明書(甲第5号証の2)を援用して、引用例1および引用例2記載の方法では酢酸クロルマジノンを高溶出率の製剤にすることが不可能であると主張する。

しかしながら、成立に争いのない甲第5号証の2によれば、同実験における引例(ロ)は酢酸クロルマジノンに対して引用例2の実施例5の方法(メタケイ酸アルミン酸マグネシウムを加えているから、本願発明の方法そのものにほかならない。)を適用したもの、引例(ハ)は酢酸クロルマジノンに対して引用例1の実施例6の方法(メタケイ酸アルミン酸マグネシウムを加えているから、これも本願発明の方法にほかならない。)を適用したものであると認められる。したがって、引例(ロ)および引例(ハ)が本願発明が奏すべき作用効果を示さなかったとしても、上記実験証明書によって本願発明の方法のみが酢酸クロルマジノンを高溶出率の製剤にしうることが裏付けられる訳ではなく、原告の上記主張は失当である。

したがって、本願発明は公知である難溶性薬物に対して引用例1記載の発明を適用したものにすぎないとした審決の判断に誤りはない。

さらに原告は、本願発明が奏する作用効果は、審決が認定している「溶出率において優れている」点のみならず、「溶出の過飽和状態を持続」しうる点が重要であって、本願発明の方法によってのみ「溶出の過飽和状態を持続」という作用効果が得られると主張し、実験証明書(甲第11号証)を援用する。

しかしながら、本願明細書には、本願発明が奏する作用効果が「溶出率の増大及び/又は溶出の過飽和状態を持続」(3頁11、12行)すると記載されており、奏される作用効果が「溶出率の増大」のみの場合を含んでいるのであるから、原告の上記主張は明細書の記載に基づかないものであって、失当である。しかも、成立に争いない甲第11号証によれば、同実験証明書に記載の製剤C、すなわち本願明細書の実施例2を再現したものが「溶出の過飽和状態を持続」という作用効果を奏していることが認められるものの、同証明書から本願発明が「溶出の過飽和状態を持続」という作用効果を奏することを確認しうるのは、酢酸クロルマジノンに対して本願発明の方法を適用した場合のみであって、本願発明が対象とする難溶性薬物13種のうちその余の12種の薬物については、何らの資料も示されていないのであるから、「溶出の過飽和状態を持続」という作用効果を、本願発明の顕著な作用効果と認めることはできない。

この点について原告は、少なくとも本願発明が対象としている酢酸クロルマジノンに対して本願発明の方法を適用すれば顕著な作用効果が得られることが確認されている以上、本願発明の進歩性は肯認されるべきであると主張する。しかしながら、原告のこの主張は、対象とする難溶性薬物を13種のうちの少なくとも1種とする本願発明の要旨を無視するものであって、失当である。

したがって、本願発明は予測しがたい格別の優れた効果を奏するものとはいえないとしいた審決に、作用効果の看過は存しない。

よって、相違点に関する審決の判断に誤りはない。

第3  以上のとおりであるから、審決の認定判断に誤りはなく、原告の本訴請求は棄却を免れないから、訴訟費用の負担につき行政事件訴訟法7条、民事訴訟法89条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 竹田稔 裁判官 春日民雄 裁判官 持本健司)

第1図

〈省略〉

第2図

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図1

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図2

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図3

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溶出試験成績

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